全く愛に溺れていたに違いない。 猫の額ほどな町内の癖に、中学校のありかも知らぬ奴があるものか。 どうするか見ろと済して顔を洗って、部屋へ帰って待ってると、夕べの下女が膳を持って来た。 そんなにえらい人をつらまえて、まだ坊っちゃんと呼ぶのはいよいよ馬鹿気ている。 中学校に居た時ウィッチと云う言葉を習った事があるがこの女房はまさにウィッチに似ている。 ご覧の通りの始末である。 　学校は昨日車で乗りつけたから、大概の見当は分っている。 寒い夜などはひそかに蕎麦粉を仕入れておいて、いつの間にか寝ている枕元へ蕎麦湯を持って来てくれる。 心配にはならぬ。 乱暴で乱暴で行く先が案じられると母が云った。 商買をしたって面倒くさくって旨く出来るものじゃなし、ことに六百円の金で商買らしい商買がやれる訳でもなかろう。 そんなえらい人が月給四十円で遥々こんな田舎へくるもんか。 ただ手車へ乗って、立派な玄関のある家をこしらえるに相違ないと云った。 来年の夏休みにはきっと帰ると慰めてやった。