それからどうしましたと主人は無頓着に聞く。 　ところへ当分多忙で行かれないと云って、わざわざ年始状をよこした迷亭君が飄然とやって来る。 ヴァイオリンも三挺くらいになると下手でも聞かれるものですね。 人間は自分よりほかに笑えるものが無いように思っているのは間違いである。 いつでもそうおっしゃるのへえ元は何だったんです何でも天璋院様の御祐筆の妹の御嫁に行った先きの御っかさんの甥の娘なんだって何ですって？あの天璋院様の御祐筆の妹の御嫁にいった……なるほど。 神田の某亭で晩餐を食う。 見るとその看板にマーカスという名がかいてある。 衣装は美しいが顔はすこぶるまずい。 東風子は別段癪に障った様子もない。 すべて曖々然として昧々然たるかたで行くつもりかね 大方そんな事だろうと思いながらなお注意していると、今度は日記帳を出して下のような事を書きつけた。 主人のようなしなびかけた人間を求めて、わざわざこんな話しをしに来るのからして合点が行かぬが、あの牡蠣的主人がそんな談話を聞いて時々相槌を打つのはなお面白い。 なに細君はぴんぴんしていらあね。 それからボイにおいトチメンボーを二人前持って来いというと、ボイがメンチボーですかと聞き直しましたが、先生はますます真面目な貌でメンチボーじゃないトチメンボーだと訂正されましたなある。