寒月君と出掛けた主人はどこをどう歩行いたものか、その晩遅く帰って来て、翌日食卓に就いたのは九時頃であった。 足音はだんだん近付いてくる。 大変だ。 吾輩はぼたりと畳の上へ落ちる。 主人の手あぶりの角を見ると春慶塗りの巻煙草入れと並んで越智東風君を紹介致候水島寒月という名刺があるので、この客の名前も、寒月君の友人であるという事も知れた。 すると一日動かずにおったものだから、胃の具合が妙で苦しい。 ちょいと西川さん、おい西川さんてば、用があるんだよこの人あ。 寒月君はもう善い加減な時分だと思ったものかどうも好い天気ですな、御閑ならごいっしょに散歩でもしましょうか、旅順が落ちたので市中は大変な景気ですよと促がして見る。 あれは巨人引力が呼ぶのである。 だから天璋院様の御祐筆の妹の御嫁に行った先きの御っかさんの甥の娘なんだって、先っきっから言ってるんじゃありませんかそれはすっかり分っているんですがねそれが分りさえすればいいんでしょうええと仕方がないから降参をした。 それで面白い趣向があるから是非いっしょに来いとおっしゃるのでと客は落ちついて云う。 球が空にあがる。 それからなお読んで行くと御前なんぞは実に仕合せ者だ。 客はさまで感服した様子もない。