顔だけ出ると云うのは、手足がないと云う訳ではない。 周密なる観察から得た材料を綜合して見ると鼠賊の逸出するのには三つの行路がある。 　ところへ威勢よく玄関をあけて、山の芋の寄贈者多々良三平君が上ってくる。 時に御主人はどうしました。 御高名だけはかねて承わっている泥棒陰士ではないか知らん。 ここに三日月形の欠け目がありましょう、ここへ葉巻を入れてぷつりと口を切るんです。 こう云う紳士淑女はこの下女の系統に属するのだと思う。 今まで比較的おとなしくしていた迷亭はそういつまでもだまっているような男ではない。 おやまた御客様だと細君は茶の間へ引き下がる。 勝手がわるくて定めし不都合だろう。 世に住めば事を知る、事を知るは嬉しいが日に日に危険が多くて、日に日に油断がならなくなる。 　吾輩は叙述の順序として、不時の珍客なる泥棒陰士その人をこの際諸君に御紹介するの栄誉を有する訳であるが、その前ちょっと卑見を開陳してご高慮を煩わしたい事がある。 　ところへ主人が、いつになくあまりやかましいので、寝つき掛った眠をさかに扱かれたような心持で、ふらふらと書斎から出て来る。 狡猾になるのも卑劣になるのも表裏二枚合せの護身服を着けるのも皆事を知るの結果であって、事を知るのは年を取るの罪である。