ところが誰も来ない、いくら躇していても誰も来ない。 誰が何と云っても駄目だ。 　何も顔のまずい例に特に吾輩を出さなくっても、よさそうなものだ。 この失敗で悪寒はますます強くなる。 この羽織は木綿でゆきが短かい、下からべんべら者が左右へ五分くらいずつはみ出している。 こりゃ面白いと迷亭も空也餅を頬張る。 他人がそんな我儘をすると、なかなか承知しないのであるが、主人の威光を振り廻わして得意なる彼は、濁った汁の中に焦げ爛れた餅の死骸を見て平気ですましている。 チーン南無猫誉信女、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と御師匠さんの声がする。 出るときは懐手をしてぶらりと出る。 いっその事気を易えて新道の二絃琴の御師匠さんの所の三毛子でも訪問しようと台所から裏へ出た。 車屋の黒のように横丁の肴屋まで遠征をする気力はないし、新道の二絃琴の師匠の所の三毛のように贅沢は無論云える身分でない。 もう少し召し上ってご覧にならないと、とても善い薬か悪い薬かわかりますまいと御三は一も二もなく細君の肩を持つ。 ひっそりして人の気合もしないから、泥足のまま椽側へ上って座蒲団の真中へ寝転ろんで見るといい心持ちだ。 　吾輩は猫ではあるが大抵のものは食う。