主人は少からざる尊敬をもって反覆読誦した書翰の差出人が金箔つきの狂人であると知ってから、最前の熱心と苦心が何だか無駄骨のような気がして腹立たしくもあり、また瘋癲病者の文章をさほど心労して翫味したかと思うと恥ずかしくもあり、最後に狂人の作にこれほど感服する以上は自分も多少神経に異状がありはせぬかとの疑念もあるので、立腹と、慚愧と、心配の合併した状態で何だか落ちつかない顔付をして控えている。 神？　神は人間の苦しまぎれに捏造せる土偶のみ。 君は何とか云ったけな 困るどころですか大得意よ。 いるだんじゃない。 まさか よく張れているだろう 困ったものだなと独りで油壺を取り上げて、障子の方へ向けて眺めている。 あの毒悪な根性は全く常識をはずれている。 上野へ行って虎の鳴き声を聞こうと思うんです ええ、すると会社の男が、それは死ななければ無論保険会社はいりません。 だけども、あの先生が、あんな長い顔なんでしょう。 あとでは細君と雪江さんが遠慮のない声でげらげらけらけらからからと笑っていた。 恐れ入りながらも不平と見えて、主人は頬をふくらして、ぴしゃりと立て切った。