十八金だよと鈴木君は笑いながら答えたが君も大分年を取ったね。 辱けなくも学問最高の府を第一位に卒業して毫も倦怠の念なく長州征伐時代の羽織の紐をぶら下げて、日夜団栗のスタビリチーを研究し、それでもなお満足する様子もなく、近々の中ロード・ケルヴィンを圧倒するほどな大論文を発表しようとしつつあるではないか。 妻君はホホと笑って主人を顧みながら次の間へ退く。 迷亭はまたやり初める。 金田だよ。 折柄格子戸のベルが飛び上るほど鳴って御免なさいと鋭どい女の声がする。 何だかごたごたして私には分りませんわとついに我を折る。 そんなにジャムを甞めるんですかまるで小供のようですねジャムばかりじゃないんで、この頃は胃病の薬だとか云って大根卸しを無暗に甞めますので……驚ろいたなと迷亭は感嘆する。 これも無理はあるまい。 この間ある文学雑誌を見たら苦沙弥君の評が出ていましたよほんとに？と細君は向き直る。 さすがの妻君も笑いながら茶の間へ這入る。 向う横丁の鼻がさっき押しかけて来たんだよ、ここへ、実に僕等二人は驚いたよ、ねえ苦沙弥君うむと主人は寝ながら茶を飲む。 寒月は羽織の紐を撚ってにやにやする。 愛嬌があっていい。